肥満と薄毛からの脱出!「背水の陣」に直面した中年男の日記

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ボヘミアン・ラプソディ

11月9日上映開始した、「ボヘミアン・ラプソディ

イギリスの伝説的なロックバンド「クイーン」が結成した1970年台から、1985年の「LIVE AID」の時期までのバンドの歴史を、フレディ・マーキュリーの人生と重ね合わせて描写した映画です。

はっきり言って、この手の映画は期待はずれが多いのですが、今回は違いました。

観ている間、不覚にも何度も感情の大きなうねりが起こり、感動の涙が込み上げることしばしばでした。

まだ上映中で、ネタバレになってしまうので、これから映画を見ようという方は、ここから先はご注意ください。

 

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ストーリーとしては、よくあるといえば、よくある典型的なビッグスターのサクセス・ストーリーです。

ストーリーは実際映画を観ていただくとして、ここでは僕が映画を観て感じた「気付き」をいくつかご紹介したいと思います。

 

気づき①

インドからの移民の息子として生まれたフレディ・マーキュリーは、政府役人として勤める父親の「綺麗事」の言葉に反抗して、自身の本当にやりたいミュージシャンになることを実現するため、空港の荷物おろしなどブルーワーカーの仕事をして、同僚から差別的な扱いを受けながらも、詞を書いたり、歌の練習をしたりして、なんとかガンバっています。

ある日、フレディは自身の生涯を左右する人物と出会います。

「スマイル」というバンドを結成して、大学などを回って演奏していたギタリストのブライアン・メイと、ドラムスのロジャー・テイラーです。演奏は素晴らしいのですが、なかなか芽が出ず、ヴォーカリストが抜けてしまいました。

運良くそれを見ていたフレディは、すかさずブライアンとロジャーに、自身を売り込みます。

フレディが素晴らしい発声で、歌を口ずさむと、ブライアンとロジャーは顔を見合わせ、「こいつスゲエ」という表情になり、加入が決定しました。

また、この「スマイル」のライブに偶然参加していた、生涯の伴侶&親友のメアリーとの運命的な出会いも果たしています。

次のシーンでは、フレディがステージに立って、メアリーもいる観客の前で、歌を初めて披露します。初めはフレディの特異なルックスに眉をひそめる観客でしたが、フレディの素晴らしいヴォーカルに一瞬で虜になります。

メンバーに歌詞を変えるなと注意をされるにも構わず、自身の考える歌詞で堂々と歌い上げます。かくして、そのライヴは初めてにして大成功を収めました。

ここでの僕の気付きは、ベタな内容になりますが、フレディが本当に歌が好きで、普段から歌の練習をしたり、詞を書いたりして、チャンスに向けて「準備」をしていたのが、チャンスを掴むことが出来た原因だったのではないかということです。

フレディが、ミュージシャンになりたいと願うだけで、何にもしていなければ、ブライアンやロジャーを唸らせることは出来なかったでしょうし、メアリーとも結ばれることは無かったかもしれません。

 

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 気づき②

フレディ・マーキュリーに限ったことではありませんが、人は成功したり、うまくいっている時は、とかく調子に乗ったり、傲慢になる傾向はあると思います。

また、そういう時に知り合った「仲間」というのは、たいてい質の悪い連中で、ハエのような「たかり屋」がほとんどです。

フレディも、クイーンが成功し、栄光の中を突き進むと、成功するのが当たり前になり、毎日取り巻きのポールが集めた、どうでもいい連中と「乱交パーティー」を開き、自堕落な生活を繰り返します。

そんな姿を見て、最愛の妻のメアリーはフレディの元を離れ、新しい恋人と結婚してしまいます。

レコード制作とツアーの繰り返しに飽きたフレディは、バンドを続けることにも飽き飽きし、破格の契約金でオファーされたことを機会に、ソロデビューを目指し、バンドのメンバーたちとは破局状態となります。

こうして、フレディは成功する前から、共に歩んできたバンドの仲間を失い、自分を理解してくれた妻を失い、健気にレコードを買ってくれたり、ツアーに参加してくれていた自身のファンをも裏切ることになるのでした。

フレディは、富と名声以外すべてを失った状態で、ソロアルバム制作を進めますが、結局は精神的支柱を失った中で進めることは困難を極め、更にそのような寂しさを紛らわすため、「悪友」のポールが主催する乱交パーティーやドラッグにのめり込んでいくのでした。

 

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気づき③

そのような退廃しきった生活の中、ある日別れた妻と再会します。

メアリーはやつれきったフレディを心配し、労いますが、フレディがやり直そうと懇願したために妊娠したことを告げると、フレディは非常に落胆し、とうとう本当のサヨナラを告げることになってしまいました。

別れ際、メアリーはこう言います。「取り巻きのポールはあなたのことなんか本当は気にかけていない。あなたのもとに遊びに来る人達もあなたのことなんか気にかけていない。本当に気にかけているのは私達「家族」よ」

その一言で、フレディは本当に大切なものは何かということにやっと気づきます。

そして、すぐにマネージャー代わりだった取り巻きのポールをクビにし、ブライアンら元のバンドのメンバーを集め、謝罪し、オファーのあった「LIVE AID」に一緒に参加しようと懇願し、やっとバンドは再び一つになり、あの「LIVE AID」での素晴らしいパフォーマンスになるのでした。

人間というのは、自分にとって本当に大切なものとは何なのか、ということは、それを失ってみるまでは気づかないものなのだな、と、よく言われることですが、しみじみと感じました。

 

最後に、この映画に出てくる俳優たちは、皆本当にビックリするほど似ています。

往年のクイーンのファンの方でも多分ビックリし、感嘆すると思います。

フレディ役のラミ・マレックはともかく、メンバーのブライアン・メイロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンがメチャクチャそっくりです。

 

ここからは、蛇足になりますので、興味のある方だけお読みください。

これはあくまでもエンターテイメントの映画なので、クイーンを知らない人たちにもわかりやすく、ストーリーを簡素化していると思います。

実際、「LIVE AID」に出演するまでの道のりには、様々な複雑な事情があったそうです。

アラフィフの人はおそらくご存知かと思いますが、1984年の年末に、様々なミュージシャンが参加した「バンド・エイド」という名義で、「Do They Know It's Christmas?」というシングル・レコードが発売され、大ヒットしました。「LIVE AID」を主催したボブ・ゲルドフが、イギリスの様々なミュージシャンに声をかけて作り上げたそうですが、ここにクイーンは参加していません。

なぜか?

それは、当時のクイーンはイギリスの音楽業界で孤立して、干されていたからです。

理由はというと、当時クイーンは、悪名高いアパルトヘイト政策を行っていた南アフリカ共和国でライヴ・ツアーを行っていたからです。

イギリスの音楽家ユニオンは、これに抗議して、イギリスのミュージシャンは南アフリカ共和国でライヴを行わないことを宣言していたのに、クイーンはこれに反して行っていました。

もちろん、クイーンにも言い分はあって、「ブレイク・フリー(自由への旅立ち)」という曲が反アパルトヘイトを訴えるアフリカ民族会議のテーマ曲となっていたことや、白人も黒人も一緒に楽しめる空間を作りたいという純粋な思いだけだったのだが、理解はされませんでした。

国連から危険思想を持つグループということでブラックリストに載せられたり、ブラジル公演で、ブラジルの労働者階級から大人気の曲だった「ブレイク・フリー(自由への旅立ち)」を演奏する時に、フレディがつけ胸の女装姿で出てきて、大顰蹙を買って、ブラジル中の非難を浴びたり、オーストラリア公演では、抗議のデモ隊が待ち構えるなど、散々な状態だったそうです。

詳しくは、DVD「伝説の証~ロック・モントリオール1981&ライヴ・エイド1985」の石角隆行氏のライナーノーツを御覧ください。

そのような中で、確かにバンドは解散寸前の状態だったようですが、単にフレディ対他のメンバーとの仲違いだけではなく、以上のようなクイーンを取り巻く外部の大変シビアな状況があったことは確かだったようです。

 

以上のようなエピソードも頭に入れながら、映画を観てみると、また違った解釈ができるのではないでしょうか。

1回目の鑑賞はとても感動しましたが、もう1度観てみたいと思います。