肥満と薄毛からの脱出!「背水の陣」に直面した中年男の日記

肥満と薄毛の話題だけではなく、趣味の読書・音楽・映画などのご紹介もしますよ。

村上春樹「東京奇譚集」

かなり前になりますが、2005年に刊行された、村上春樹氏の「東京奇譚集」を読み返してみました。

短編のエッセイ集ですが、村上春樹氏が過去に体験した「不思議な出来事」または他人から聞いた不思議な話を、まとめた一冊です。

村上春樹氏は、実際にそういう種類の不思議な出来事をしばしば体験していたようで、直接語っておきたかったそうですが、座談の場にこういった話を持ち出しても、あまり手ごたえは芳しくなく、雑誌のエッセイにも書いてみたらしいのですが、誰にも信じてもらえなかったそうです。

小説家=フィクション(作り話)の著者というイメージが強いのが原因と氏は分析していますが、やはりそうなのでしょうね。

よって、一冊の本にまとめて世に問うたのがこの本ですが、なかなか読み応えのある村上ワールド満載の内容です。

先日ご紹介した「回転木馬のデッド・ヒート」にも通ずる内容ですが、こちらの方が非日常的で、僕としては面白いと思いました。

 

僕が読んだ中で、印象的だった部分をかいつまんでご紹介したいと思います。

詳しくストーリーを話してしまうと、これから読む人の興味を削いでしまうので、ごくごく簡単にご説明させていただきます。

 

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村上春樹氏「東京奇譚集」の文庫版表紙 2007年刊行 初版本は2005年に刊行された。

1⃣偶然の旅人

この話は、40代に差しかかった独身のゲイが主人公です。

ショッピングセンターのある書店で、隣り合わせで座っていた同年代くらいの女性と偶然読んでいた本が同じであることから、意気投合し、関係性が深まっていく話です。

その中の二人のやり取りで、印象深い言葉があったので、ご紹介したいと思います。

 

①「かたちのあるものと、かたちのないものと、どちらかを選ばなくちゃならないとしたら、かたちのないものを選べ」

長い目で見れば、それが良い結果を生んだと思う。

最後の二人のシーンで、ゲイの主人公が相手の女性に語りかける言葉ですが、なかなか心に刺さりました。

僕ら現代人は、どうしても形のある物質的なものを求めてしまう傾向がありますが、本当に大切なものは、形のない、目に見えないものにある、ということでしょうか。

僕の拙い半生を振り返ってみても、確かにそうだったかも、と思い返すことがあります。

「形のない、目に見えないもの」

それは、生きていくための「知恵」だったり、「知識」だったり、「技能」だったり、または、人と人との「愛情」や「精神性」だったりします。

音楽などの「芸術」もそうかもしれません。

形ある「物質」や「モノ」は、やがて時間とともに、朽ち果てていきますが、「形のない、目に見えないもの」は、いつまでも残っていきますものね。

 

②「偶然の一致というのは、実はとてもありふれた現象で、しょっちゅう日常的に起こっている。その大半は、僕らの目に留まることなく、そのまま見過ごされている。まるで、真っ昼間に打ち上げられた花火のように。かすかに音はするんだけど、空を見上げても、何も見えない。」

「しかし、強く求める気持ちがあれば、僕らの視界の中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がる。」

これも、ゲイの主人公が相手の女性に語りかける言葉ですが、「スピリチュアル」にも通ずることですね。

いわゆる「不思議な出来事」というのは、実は日常的に頻繁に起こっているのかもしれません。

ただ、僕らのアンテナに引っかからないだけであって、音はするけど、目に見えない真昼の花火のようなものだと。

さすが村上春樹氏、上手い表現をするものだと思いました。

「幽霊」なんかも、実はそこらへんにウロウロしているのかもしれませんね。

稲川淳二氏も「目に見えない真昼の月」と、同じような表現で話していました。

 

2⃣ハナレイ・ベイ

19歳のサーファーの息子を、ハワイのハナレイ・ベイでサメに襲われて失くしてしまう、女性の話です。

その女性は元々優秀なピアニストで、譜面を読んだり、オリジナルの作曲をすることは苦手なのですが、次のように言っていたことが印象に残りました。

「ピアノを弾くこと自体が好き」

「鍵盤の上に十本の指を置くだけで、気持ちが広々とする。それは才能のあるなしに関係ない。役に立つ立たないとかの問題でもない」

僕たちは、とかく物事を「役に立つ立たない」の尺度で判断してしまいがちですが、本当に好きなもの・ことというのは、こういうものなのかもしれません。

僕も子供のころから、「将来に役立つものや役立つことをやらなければならない」という、親や教師や社会の要請のもと、そのための勉強を頑張ってきましたが、今振り返ると、全部とは言いませんが、それらは大方、無味乾燥な味気ないもので、心に残るものは少なかったように思います。

それよりも、心から「好き」「楽しい」と思える、一見無駄なものやことの方が、心を潤わせてくれ、生きる糧になったような気がします。

堀江貴文氏も著書「すべての教育は「洗脳」である」で言っていました。親や教師からは好きなことに夢中になって没頭することをいつでも必ず阻止されてきたけれど、それこそが人間にとって最も大切なことである、と。

そこに、「役に立つ立たない」や「有益・無駄」などは関係ない、と。

 

3⃣日々移動する腎臓のかたちをした石

ある小説家と、特殊な経歴・職業を持つ女性との恋の話です。

小説家がタクシーに乗っていた時、この女性がインタビューを受けているラジオ放送を聴いていた時のシーンで、彼女が話していることが心に残りました。

「高いところにいることが私の天職です。それ以外の職業が頭に浮かびません。職業というのは本来愛の行為であるべきです。便宜的な結婚みたいなものじゃなく。」

どうしても仕事とプライベートを分けて考えてしまいがちですが、仕事に費やす時間というものは、人生の結構な部分を占めてしまうわけで、本当は仕事(職業)というものは、自分の好きな、愛すべきことであった方がいいわけです。

でも、たいていの人は自分が本当にやりたいことがわからず、社会人になると「便宜的な結婚」のような形で、就職してしまうわけです。

その後の転職も、結局は同じような「便宜的な結婚」のような形で、やってしまう人が多いでしょう。

前述の「ハナレイ・ベイ」での話と重なる部分がありますが、僕はこの年になって、ようやく文章を書くことが本当に好きなことだとわかってきました。

早く「便宜的な結婚」のようなサラリーマン生活に終わりを告げて、「愛の行為」を職業にしたいと、日々精進している次第です。

 

4⃣品川猿

自分の名前を忘れることが多くなった女性が、カウンセラーに相談しているうちに、ある猿が自分の名札を盗んだことが原因だとわかる、簡単に言うと、そのような物語ですが、僕はこの本の中で、この物語が一番面白かったです。

その猿は、その人の名前を盗むことによって、その人のあらゆることを把握してしまうわけですが、その女性の生い立ちについても把握してしまい、猿が告白する場面がとても印象に残りました。

その女性は、ごくごく平凡な人生を送ってきた人物で、現在も平凡な結婚生活を送っており、ものすごい幸福感を持っているわけではないが、取り立てて人生に不満を持っているわけではない、本人自身も言っていたが、「面白みがない」「ドラマチックな要素が何もない」人生を送ってきました。

そして、「嫉妬」という感情を持ったことがなく、それを理解することができずにいました。

しかし、猿の告白によって、その原因が明らかにされました。

その女性は結局は生まれてから一度も、母や姉など家族に愛されていなかったのでした。そのことは本人にもうすうすわかっていたのですが、意図的にその事実から目を逸らせて、心の奥の小さな暗闇に押し込んで蓋をしてしまった。

つらいことは考えないように、嫌なことは見ないようにして生きてきた。

そのようにして、負の感情を押し殺して生きてきた。

防御的な姿勢で生きてきたために、誰にも本心を明かすことがなく、誰かを真剣に無条件で心から愛することが出来なくなってしまった。

なかなか含蓄のある、興味深い物語でした。

結局、自分の感情を押し殺して、蓋をして、偽りの人生を生きてしまうと、何も面白みのない、無味乾燥な人生を送ることになる、村上春樹氏はそう言いたかったのでしょうか。

 

かなり長くなってしまいましたが、全5話、なかなか面白い物語ばかりです。

ぜひ、ご覧になって、村上ワールドを存分に味わってはいかがでしょうか。