肥満と薄毛からの脱出!「背水の陣」に直面した中年男の日記

肥満と薄毛の話題だけではなく、趣味の読書・音楽・映画などのご紹介もしますよ。

海援隊50周年ハイブリッドコンサート日本橋三井ホール20230401 その6

先日2023年4月1日、俳優の武田鉄矢氏率いる海援隊のライブを初めて観に行ってきました。

今回はライブの第2部の終盤のもようをお伝えします。

 

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大ヒット曲「思えば遠くへ来たもんだ」の演奏の演奏が終わり、武田鉄矢氏は「この曲を作った時は、『故郷を出てきて3年目』と歌っていたのですが、今はもう『故郷を出てきて50年目』になったんですね・・・」としみじみと語っていました。

 

そして、再び「幸福の黄色いハンカチ」のロケの話になりました。

武田鉄矢氏は、山田洋次監督と高倉健氏には、本当に感謝しているようで、人間としてとても尊敬しているようでした。

「あんたが大将」を卑屈になってふてくされて歌っていた中、山田洋次監督が映画の準主役に抜擢してくれて、何とか芸能界での立ち位置を持つことが出来て、今日まで生きていくことが出来たとしみじみと語っていました。

 

また、山田洋次監督の人間としての品格の良さに関するエピソードも語っていました。

北海道の様々な場所でロケを行うと、地元の人たちが差し入れをしてくれるのだそうです。すると、山田洋次監督は必ず深々と頭を下げて「ありがとうございます」と感謝の意を示すのだそうです。

 

武田鉄矢氏が「3年B組金八先生」のロケで多忙を極めていたころ、山田洋次監督と会う機会があったそうです。

「君は今とても忙しいんだろう?」との山田洋次監督の言葉に、「はい」と返すと、こう言ったそうです。

「でもね・・人間はさあ、忙しい時にどれだけ勉強するかで値打ちが決まっちゃうんじゃないかな‥」

と答えたのだそうです。

今でも武田鉄矢氏の座右の銘にしているのだそうです。

 

そして、仲の良い夫婦が年を取って、懸命に田畑を耕している姿を歌にした「エデンを遠く離れて」の演奏が始まりました。

 

武田鉄矢氏にとって、山田洋次監督は芸能界のスターダムに押し上げてくれた恩人だったのでしょう。

 

曲が終わり、若い男女が愛し合う姿も良いけれど、年を取った夫婦がよろめきながら肩を寄せ合って歩く姿の良さを、古希をとっくに過ぎた武田鉄矢氏がまたしみじみと語っていました。

 

翻って、武田鉄矢氏自身の妻ともこうやって仲良くやっていきたいのですが、「なかなかうまくいきません!」と言い放つ武田鉄矢氏に会場一同大爆笑となりました。

「激しい闘いのような日々が続いております。男女ってえのはそういうもんですな!」

と、本当に現実味を帯びた感じで話す姿に、また笑ってしまいました。

 

年を取ったせいか、よく物忘れをすることが多く、電気のスイッチを頻繁に消し忘れることが多くなり、この間も奥さんから「またコタツのスイッチ入れっぱなしよ」と暗ーい声で叱られたことを嘆いていました。

 

そこで、奥さんの気を引こうと、演劇風に「オレはダメかもしれない、ものすごい勢いで記憶力が落ちている、オマエの力が必要なんだ、オレには」と深刻な表情で言ったところ、奥さんはそれには意に介さず、「あんた若い時から忘れてるわよ」と簡単に言われ、ガックリしてしまったそうです。

 

このような笑いを取った後、再び「幸福の黄色いハンカチ」のロケのエピソードが始まるのでした。