今年2025年の参議院選挙は終わりましたが、ちょうど3年前の2022年の夏にも参議院選挙が行われていました。
そこでは、水道橋博士という、昔たけし軍団に在籍し、「浅草キッド」という漫才コンビを組んで、テレビで活躍していた芸人が、れいわ新選組から立候補して、選挙ではど素人ながら、独自の選挙活動を行って、活躍していました。
当時の僕は、政治に興味のない無党派層に近い考えで、水道橋博士のことも、れいわ新選組のこともよく知りませんでした。
ただ、博士が当選後に鬱病を患い辞職することをニュースで知って、「鬱病で辞職するくらいなら、初めから立候補なんかしなければいいのに・・・」と冷たく言い放つような何も知らない人間でした。
今回、この映画を観る直前までは、まさにそのような考えだったのですが、映画を観て、考えが180度変わりました。
そんな僕が映画を観て感じたことを、簡単にお話ししたいと思います。

山本譲司氏は、今回の参議院選挙で東京都代表としてれいわ新選組から立候補しました。
①水道橋博士が鬱病にならず、そのまま参議院議員で活躍していたら
「もし・・・たら」「もし・・・れば」は意味がないと言われますが、博士がもし鬱病にならず、参議院議員として活躍していたら、とても面白いことになっていたのではないかと想像してしまいます。
国会内部の様子を細部まで突き止め、25年間続けてきた日記に描き、国民に報告して、山本太郎党首らと共に、ふざけた議員や官僚を追及しまくり、日本の政界はそれなりに変わっていたのではないでしょうか。
そう思うと、残念でたまりません。

青柳拓監督(向かって左)・山本譲司氏(真ん中)・水道橋博士(向かって右)
②躁状態の選挙活動と、鬱になってしまった国会での活動
前半は、とにかく選挙ではど素人の水道橋博士と周りの人たちが、ドタバタコメディーの如く、手探り状態で邁進して、笑いと熱狂の中、突き進んでいく姿が痛快だったのですが、後半は、選挙に当選して国会初登庁の姿を頂点として、突然の博士の深刻な鬱病羅患、そしてそれに伴う辞職、その後の空白から博士がゆっくりながらも立ち上がっていく姿が描かれています。
始めは、前半の当選するまでのドキュメンタリーだけで構成するつもりだったらしいのですが、人生何が起こるかわからないもので、図らずも後半のストーリーが付け加えられたことで、この映画に心なしか味わい深い「深み」が加わったと思います。
選挙の実態を克明に描き出すとともに、それとはまったく関係ないと思われる鬱病の実態も描かれるというのは、この映画ならではの特異な視点だと思います。

③弱い者に寄り添う山本太郎党首の温かい会見
水道橋博士が休職を発表後、れいわ新選組の山本太郎党首による記者会見が開かれます。そこで、話された内容は、弱い者に寄り添ったとても温かみのある内容でした。
ともすれば、せっかく議員に当選して活躍できたのに、鬱病を患ってしまって休職することになり、とても残念だなどと、本人を責めるような論調が多い中、山本太郎党首の見解は違いました。
「博士は選挙に出ることを決めて、そのまま怒涛の選挙戦に突入することになり、無事当選を果たしたのだが、当選後国会議員として働く中、最近に至るまでほとんど休みを取らず、博士の心身には大きな負担がかかっていたのだろうと考える」と、まず博士の心身の状況を慮りました。
そして、こうも続けました。「国会議員が鬱病で休職することに対して、批判の声が上がると思うが、これは非常に意義のある決断だと思っている」
「なぜならば、この国には、過労であったり仕事を原因とした精神疾患、それによって命を奪われてしまったり、自ら命を絶ってしまう人たちが非常に多く存在する」
「この国に生きる人々の代表である国会議員が、率先して正直に病気について開示し、休むという選択をすることは、今苦しい思いをされている方々、今苦しまれている方々、そういう方々に対しても希望を与えるものじゃないか、そういう風に考える」
「つらいときにつらいって言える社会、お互いの弱みを見せ合って支え合える社会、そして休みやすい社会になっていったらいいなというふうに考える」
このようなことを言える政治家は、他になかなかいないと思います。少なくとも自民党や立憲民主党にこのようなことを言える政治家は皆無だと思います。
弱い者に寄り添っていける政治家、山本太郎党首はそれが出来る唯一の政治家だと思います。既得権益の権力者や政治家、マスコミに妨害されて、なかなか思うように議席数を伸ばせない、れいわ新選組ですが、僕は出来る限り応援していきたいと思っています。

当選する直前から、当選して国会前でガッツポーズを取っていた時期
④すべてを失った水道橋博士、最下層からゆっくり立ち上がる
水道橋博士は、鬱病で参議院議員を辞職し、政治の世界から去って行きました。
しかし、元いた芸能界に戻っても、仕事はありません。
「今後どうします?」周りの人たちにも訊かれる中、博士は、この映画の監督の青柳拓監督が奨学金の返還と生活費を稼ぐためにやっているウーバーイーツをやろうと決心します。
自転車を買い込み、ウーバーイーツの登録方法などを青柳監督からいちから教わり、慣れないながらも配達の仕事に邁進します。慣れないながらも店に商品を取りに行き、自転車で顧客の家まで配達する仕事はだんだんと板につき、結構慣れていきます。だんだん博士も充実感にあふれ、「これはイケるかも!」と思い始めて、その日の最後の顧客を訪問するのですが、20分遅刻してしまいます。そして、その顧客に怒鳴られるのです。
突然のことに、それまで意気揚々としていた博士は、意気消沈してしまいます。
「・・・久々に怒られたわ・・・へこむこともあるよね・・・だって俺、61であれくらい怒られることってないからね・・・」
僕もこれには同情しました。現在56歳の僕でも怒鳴られることはめったにありません。それまで芸能界で有名人だったし、国会議員にも当選し、慣れないウーバーイーツも結構慣れてきてうまく出来るようになって、意気揚々としていただけに、とてもショックだったでしょう。
そして、こう言うのです。
「じゃあもう、終わっちゃったかな?これで」
すかさず、青柳監督が返します。その言葉が見事です。
「何言ってんすか!まだ始まっちゃいないっすよ!」
そして、高笑いする二人。
すべての人への応援歌とも言えるラストシーンでした。

【まとめ】
本文でも書きましたが、この映画は、前半は選挙活動に怒涛のように邁進し、笑いと熱狂の中で、最後には参議院議員に当選するという、いわゆる上昇志向の「成功物語」であり、後半はある意味頂点を極めた主人公が鬱病を再発したことにより、地獄へ突き落されるという「絶望と再生の物語」という2部構成になっているのが、特異な点です。
しかも、この2つの物語は一見すると、全く違った物語のように見え、何もつながっていないようにも見えます。
しかし、人生そして世の中に裏表があり、躁鬱病患者の症状の如く、すべては表裏一体つながっているのだと確信しました。
そして、山本太郎党首が会見で言った言葉が思い起こされました。
「ある一時の一面だけを切り取って、その人を評価してはいけない。それはその時・一瞬だけのもので、人生には続きがあり、その人の人生はその後も続いていく」
博士の今後の人生は続いていくでしょう。しっかり見守っていきたいと思います。
そして、僕も現在「無職」「失業者」の状態ですが、僕の人生も続いていきます。自分の人生もしっかり見守っていきたい、そう感じています。

山本譲司氏は26歳にて都議会議員・国会議員に当選し、絶頂の中、秘書給与事件で逮捕され、刑務所に服役します。その後猛反省し、出所後は福祉の領域で大きく貢献していきます。その姿をれいわ新選組の山本太郎党首に見初められ、今回の参議院選挙に東京都代表として立候補しました。