肥満と薄毛からの脱出!「背水の陣」に直面した中年男の日記

肥満と薄毛の話題だけではなく、趣味の読書・音楽・映画などのご紹介もしますよ。

諏訪大社~下社春宮 其の二

下社春宮を参拝し、これで全て終わったと鳥居をくぐろうとしたところ、遠くに赤い橋が見えるのがわかりました。

この橋には「浮島橋(うきしまばし)」と書かれていて、下社春宮のすぐ西側を流れる「砥川(とがわ)」という川の上を通すための橋でした。

前回のブログはこちらです。

pilgrim1969.hatenablog.jp

この川の中には小さな島があり、「浮島(うきしま)」と呼ばれていて、どんな洪水にも流されることがなかったという下社七不思議に数えられていたそうです。

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「浮島社(うきしましゃ)」 小さなお社があり、清め祓いの神様を祀っているのだそうです。毎年6月30日に大祓式すなわち「夏越の祓い」がここで行われています。鎌倉武士が御射山の祭典に参列する時、まずこの川で身を清め、八島高原へ登山したと伝えられています。

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砥川の清流と小林一茶の句碑 とても綺麗な清流で、せせらぎの音がとても心地よく、本気で心が癒やされました。動画を撮ったのですが、素晴らしい風景とせせらぎの音を公開できないのが残念です。小林一茶は有名な俳人ですが、長野地方に所縁があるようです。

赤い「浮島橋」を通り、奥へ進んでいくと、かの有名な「万治の石仏」の立て札が立っていました。

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万治の石仏の立て札 万治三年(1660年)諏訪高島藩主の諏訪忠晴が下社春宮の鳥居を寄進するため、石工がこの石を材料にしようとノミを入れたところ、突然血が流れ出したので、恐れをなして、仕事をやめると、その夜の夢枕にお告げが現れ、上原山に良い石材があるとのことで、良材を見つけ出し、素晴らしい鳥居が完成したとの言い伝えがあります。石工達はこの石に阿弥陀如来を祀って記念としたとのことです。

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こちらが、「万治の石仏(まんじのせきぶつ)」 参拝するのに、決まった作法があるようで、立て札に書いてありました。①正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる ②石仏の周りを願い事を心で唱えながら、時計回りに三周する ③正面に戻り、「よろずおさめました」と唱えてから一礼する 

万治の石仏(まんじのせきぶつ)」は、「ばんじ」とも言うようで、読んで字の如く、「万(よろず)のことが治まる」物事を万事丸く治めて、願いを聞いてくれる有り難い石仏ということで、昔から人々に厚く信仰されているそうです。

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大きな石の上に、チョコンと首が乗っている様は、とても可愛らしく、ユーモラスで、心が和みます。有名な「バクハツ」芸術家の岡本太郎氏も、この万治の石仏を愛してやまず、何度もこの地を訪れたそうです。

万治の石仏」で和んだ後、下社春宮を後にし、再び諏訪湖を訪れて、しばらくゆっくりしました。

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戦前から戦後にかけて、中央本線で活躍していた有名な蒸気機関車「D-51」が展示されていました。

たった二日間でしたが、諏訪の旅行はとても充実したものでした。

皆様もぜひ訪れてみることをオススメします。