ローカルネタとなってしまいますが、我が家の近所にある、心霊スポットで有名な「絹の道」の「大塚山公園」を2020年8月15日に訪れました。
↓ その時のブログです。
快晴の真夏の昼下がりに行ったこともあって、心霊スポットとは全く感じさせない、素晴らしい「気」を感じさせる場所でした。
絹の道資料館でもらった周辺散策マップには、大塚山公園の旧道了堂の本元である「永泉寺」、大塚山公園から徒歩20分で行ける「白山神社」、幕末に隆盛を極めたこの地域の鑓水生糸商人たちが、競って財産を寄進して、灯籠を建てまくったと言われる「諏訪神社」などが紹介されていました。
↓ 周辺散策マップの写真です。
この地域に移り住んで約12年になりますが、この周辺の歴史を突っ込んで調べることがなかったので、僕と妻は大いに興味を持ち、紹介されているこれらの場所へ行ってみたいと思いました。
秋の4連休の初日、天気もあまり良くなく、遠出はなんとなく気が進まなかったので、まずは、白山神社に行ってみることにしました。
山を切り開いたと思われる、急な坂が多い新興住宅地の中を進んでいくと、 元々山の頂上だったと思われる緑豊かな場所があり、きちんと道標が立っていました。
奥を進むと、脇に広場があり、更に進んでいくと、決して広くはないが、厳かな雰囲気の白山神社がありました。
白山神社については、創立された年代は明らかになっていませんが、平安時代にはすでに存在していた記録があったようで、有名な武蔵坊弁慶の血縁と言われている「弁智」という比叡山の僧が、法華経を奉納した関東七社のうちの一社だったとのことで、由緒ある神社だったことがわかります。
様々な神や、日本列島を生んだと言われている「伊弉冊尊(イザナミノミコト)」が祀られており、戦国時代に豊臣秀吉の北条征伐の際に、焼失してしまいましたが、江戸時代に入り、地元の力ある僧と有力者の力で再建され、地元の鎮守の神社となったそうです。地元の領主の信仰も厚く、大切にされてきたようで、社殿裏から法華経十巻が見つかり、考古学的にも評価されてきたようです。
昭和50年には昭和天皇即位50周年の記念として、大改修が行われたそうで、周囲に昭和天皇即位60年の記念碑があったり、平成上皇が即位された時の記念植樹やその碑があったりして、意外と天皇家からも大切にされてきた痕跡があったのには、びっくりしました。
白山神社を出て、絹の道資料館に車を停め、そこから歩いて、もう一つの目的地「諏訪神社」に向かいました。
諏訪神社は、創立の年代は明らかではありませんが、江戸時代の後期に差し掛かる1798年に再興されたことがわかっています。その時に世話人として尽力したのが、後に鑓水生糸商人として、財を成した大塚徳左衛門と、八木下要右衛門と言われています。
この二人は、自分たちの力を誇示しようと、競って、財産を寄進し、石灯篭を競って建てまくったそうです。
絹の道資料館から歩いて約15分ほどでしょうか。
田畑や農家が建ち並ぶ、のどかな山道を登っていくと、脇に諏訪神社へ登っていく急な階段がありました。
やっとのことで、急な階段を登っていくと、やっと社殿が現れました。
なかなか荘厳な雰囲気でした。
この神社も、天皇家のゆかりが強いのでしょうか。
白山神社と全く同じ、平成上皇の天皇即位の記念植樹とその石碑がありました。
しかし、この諏訪神社は、社殿前で参拝しようとしたら、特大の蚊が大挙して押し寄せてきたので、参拝もほどほどにして逃げ帰りました。
防虫スプレーのおかげで、僕は刺されませんでしたが、妻は少し刺されてしまったようです。
厳かな雰囲気の、歴史ある神社で、天皇家のゆかりも強いのに、ちょっと残念でした。
次回は、江戸幕府から寺領10石を与えられた由緒あるお寺で、鑓水生糸商人の八木下要右衛門邸を移築したと言われている、「永泉寺」に行ってみたいと思います。
僕が住んでいる多摩エリアは、とても歴史的に興味深いものがたくさんあり、今後もいろいろと調べてみたいと思っています。