先日7月12日、早稲田大学で行われた、村上春樹presents山下洋輔トリオ再乱入ライブを観に行きました。
前回の続きをお話します。
山下洋輔トリオによる壮絶なライブが終わり、しばらくの休憩時間を挟んだ後、再びライブを終えたばかりの山下洋輔氏と村上春樹氏と坂本美雨氏が登場しました。
実は、今回の企画で、このアフタートークが一番面白かったのです。
まず、村上春樹氏が、「50年ぶりにやっても、あのようにピタッと合わせることが出来るのですね・・・」と感心して言うと、「そうなんです。」と、山下洋輔氏は当然のように答えました。
フリージャズというのは、「阿吽(あうん)の呼吸」というか、武道の精神というか、とにかくお互いの顔つきを見て、瞬時で考えていることを判断して、進行を考えていくのだそうです。
そして、村上春樹氏が「すごい初歩的な質問をしていいですか?『小節』の数って数えてますか?」と聞くと、すかさず「そんなものはありません。そういうのがイヤでフリージャズをやっているんです。」と山下洋輔氏は答えました。
村上春樹氏は、山下洋輔氏のピアノ演奏は手癖(てくせ)が無いと賞賛しましたが、山下洋輔氏は私など手癖だらけだと言いました。
その後、肘癖(ひじくせ)の話になり、山下洋輔氏のピアノ演奏を見ると、頻繁に肘で鍵盤を打つシーンが多々見られたのですが、気分が非常に高揚してくると、肘で鍵盤を打つようになるのだそうです。
ただやみくもにやっているわけではなく、ピアノが「ジャーン!」と鳴っても、音楽的に問題ないなと瞬時で判断し、行うのだそうです。
そして、願わくば、その時にドラムが見ていてくれて、一緒に「バシン!」と合わせてくれればいいな、と思っているとのことでした。
また、ピアノソロからドラムソロに移るタイミングなどはどうしているのか、という話になりましたが、事前に打ち合わせをしたり、合図することは無いのだそうです。
小節でやっているわけではないので、言わば「テキトーに」とのことでした。
プレーヤーは、やっているうちに、何かに到達して何かをつかんで、「もういいや」と必ずなるのだそうです。
「アイツはやったぞ!やった!」と、周りは見ればすぐわかるのだそうです。
「アイツはもうイッたな」
そして、「じゃあ、交代してやろう」となるのだそうですが、これも顔つきで誰でもわかるのだそうです。
このあたりも、本当にジャズのアドリブ精神というか、武士道のような阿吽の呼吸を強く感じさせられました。
そして、当時の乱入ライブの裏話の話になりました。
企画を話し合っている時、田原総一朗氏から突き詰められました。
「一体、どういう場所でピアノを弾きたいのだ?」
そこで、山下洋輔氏いわく、キザに「ピアノを弾きながら、死ねたらいい」と言ったところ、「じゃあ、オレが殺してやる」と言われて、ゲバ学生たちの中に放り込まれて、演奏することになったのだそうです。
ところが、学生たちは静かに聴き入ってしまい、暴動は実際には起きることはありませんでした。
そこで、急遽山下洋輔氏自身の話に変更し、山下洋輔氏は「イヤな仕事はしない」というコンセプトでドキュメント番組の構成を組み直したのだそうです。
その内容は、例えば、以下のようなものでした。
知り合いから山下洋輔氏の奥さんに電話をかけさせ、「歌謡曲の演奏をしてほしい」と依頼させます。
そして、奥さんはこう答えます。
「そういうことはしておりません」
ところが、あらかじめ断るように指示していたのだそうです。
山下洋輔氏は言いました。
「今だから言いますけど、実は全部ヤラセだったのです。」
「田原総一朗さんから学びました。ドキュメントというものは実は全てヤラセなんだと。」
あと、乱入ライブの前にピアノを運び込んだわけですが、その時に20人くらいの人が協力してピアノを担いでくれたのだそうです。
ところが、その後、いろいろな作家が「オレもあそこにいて、ピアノを担いだ」と言い出したのだそうです。
中上健次氏もいたそうですが、これは本当だったと山下洋輔氏は言いました。
そして、伊集院静氏もいたとのことですが、嘘を言う人ではないので、これは本当だと思う、と山下洋輔氏は言いました。
村上春樹氏は、「力は無さそうに見えますけどね・・・」と言いました。
そして、最後に、山下洋輔氏のアンコール演奏となりました。
ここからのやり取りが一番面白く、最高でした。
山下洋輔氏が、「いつも演奏するある曲がある」と言ったところで、村上春樹氏の方を向いたのですが、「えーとー、この先生は・・・」と言って、言葉に詰まってしまい、名前が出てこなくなってしまいました。
すかさず、坂本美雨氏が、「村上春樹さんです」と答えると、「そうそう、村上春樹先生でしたね」と答え、会場は爆笑の渦となりました。
しかし、村上春樹氏も負けてはおりません。
山下洋輔氏が言いました。
「ノルウェイの森」を読んでいたら、7ページ目に、いつも弾いている曲と同じタイトルが出てきたんです。
このような文章でした。
「『記憶』というものは、なんだか不思議なものだ。」
私はこの通りの内容を音楽で弾いているのです。
ある日、アメリカ人のメル友が、このような英語の文章を送ってきました。
「Memory is a funny thing」
私はこの文章がえらく気に入って、その場でこの曲を書いてしまったのです。
しかし、自分の中で「もしや?」と思い、村上ライブラリーに行って、「ノルウェイの森」の英語版を見てみたら、これと同じ言葉で書いてありました。
「Memory is a funny thing」
すると、すかさず村上春樹氏がこう言いました。
「そんな文章、書いた覚えが無いんですが・・・」
会場は大爆笑でした。
村上春樹氏は困った顔をして、「・・・最初に出てくるんですか?それって・・・」と、山下洋輔氏の持っている本のコピーの書面を覗き込んで、逆に尋ねました。
山下洋輔氏は、「いや、7ページ目です」と言って、本のコピーを再び読み上げました。
すると、村上春樹氏「イヤー、覚えてないですね・・・」
会場は再び大爆笑でした。
山下洋輔氏は、「えっ?!名言なのに・・・」ととても驚いた表情でした。
そして、山下洋輔氏の最後のアンコール演奏が始まりました。
しかし、ここからも面白かったです。
演奏前に、坂本美雨氏が村上春樹氏に、最後の挨拶をするように合図をしたのですが、村上春樹氏はすっかり頭の中には無かったようで、坂本美雨氏が再び「あの・・・最後のご挨拶を・・・」とおそるおそる言うと、ビックリした表情をして、「じゃあ・・・シメで山下さん、お願いします!」とひとこと言うだけでした。(会場大爆笑)
そして、本当は山下洋輔氏を一人残して、いったんステージから離れなくてはならないのですが、村上春樹氏は座り込んでしまいました。
坂本美雨氏が席を立つように身振り手振りで合図したのですが、村上春樹氏は立とうとしないため、あきらめて二人して山下洋輔氏の演奏を傍で座って聴いていました。
とてもしっとりとした素晴らしいバラードの演奏でした。
演奏終了後、山下洋輔氏も座り込んでしまいました。
坂本美雨氏が合図して、山下洋輔氏はステージを去っていったのですが、それに連れられて、村上春樹氏も一緒に後を追ってステージを去っていこうとしたので、あわてて坂本美雨氏が「春樹さん!春樹さん!」と呼び戻しました。
村上春樹氏はあまりわかっていなかったような顔つきでしたが、坂本美雨氏が「今回司会を務めさせていただきましたのは、坂本美雨と!」と言うと、「村上春樹です」とちょっと照れ臭そうに言いました。
しかし、最後に突然「今、ヤクルトスワローズが非常事態になってますけど」「頑張ります!」と言い出し、ステージを去って、ライブは終了しました。
村上春樹氏の素顔を垣間見られたようで、本当に楽しいライブでした。
毎年1回は、このような企画をやっているので、ぜひ次回も参加したいと思います。