プロブロガーである立花岳志さんの久々の超大作「起業メンタル大全」をようやく読み終え、いろいろと感銘を受けたので、ご紹介したいと思います。
前回の続きです。
5⃣ 心を封印してはいけない理由
ここでは、これまで主に書いていた「習慣化」とは違ったフェイズのお話となります。
立花さんは、心理カウンセラーという肩書も持っており、ここではその方面のお話となりますが、起業する上でも、これからの人生を歩む上でも、とても大切な話であると思いました。
「考えるな、感じろ!」
かの有名なアクション映画の俳優、ブルース・リーの言葉だそうですが、人間には「思考」と「感情」という二つの機能を持っており、そのどちらが無くなっても生きていけないのだそうです。
ビジネス社会に生きている人、特に日本人は、感情を封印し、思考だけで生きてきた人が多いとのことで、僕もそう感じています。
「やりたくないことがあっても、みんなやっているし、我慢しているのだから、自分もイヤだと思わずに、やらなければならない。」
「会社や学校に行きたくなくても、みんな我慢して行っているのだから、自分もイヤだと思わずに、行かなければならない。」
「ネガティブな感情を表すのは、とても恥ずかしくみっともないことである。どんなにツラいイヤな目に遭っても、歯を食いしばり、笑顔で冷静でいることが立派な人である。」
こんな風に、僕たちは親や教師、ひいては社会から要請されて、イヤな事、ツラい目に遭っても、感情を表に出さず、ひたすら黙々とイヤな事をこなして、生きてきました。
これは一見、社会でうまくやっていく上で、合理的で良いことのように思えるかもしれません。
しかし、立花さんは、これが実は大きな問題なのだと言っています。
短期的にはこれで良くても、中長期的には非常に危険なことなのだそうです。
なぜならば、ある特定の感情だけを封印することなど出来ないからです。
イヤな事をイヤだと感じることが無くなる代わりに、とても嬉しいこと、楽しいことを感じる力も無くなってくるからです。
また、他人の感情に鈍感になっていきます。
そして、感情の起伏が無くなった平板なサイボーグのような人間になっていくのだそうです。
実際、そのような人を実社会でも多く見かけました。
そして、そのような傾向の人は、意外と大企業や役所のサラリーマンの中で、多く見かけた気がします。
しかし、立花さんが何より強調するのは、人間は本当に心を封印することなど出来ないことです。
封印した感情は消え去るのではなく、単に潜在意識側に投げ込まれ、見えない場所に押し込まれるだけなのだそうです。
面白い例えで書いていましたが、生ゴミをひたすら押し入れの中に放り込んで閉じ込め、扉を閉めて「生ゴミなど無い」と言い張っているのと同じだということです。
しかし、生ゴミは決して無くなったわけではありません。
生ゴミは押し入れの中で、どんどん量が増え、腐って悪臭を放ち、ついには押し入れから溢れ出してしまう。
人間の心にも同じようなことが起こり、潜在意識側に投げ込まれた、封印された感情はどんどん溜まっていき、同じように腐敗して悪臭を放ち、ついには容量オーバーとなって、感情が爆発し、心が壊れてしまう。
そして、これが鬱病をはじめとした、メンタル疾患となっていくのだそうです。
よく僕たちは、「良い感情」「悪い感情」という言葉を使います。
「良い感情」は持っていいし、素晴らしいものだけど、「悪い感情」は良くないもので、捨て去らなければならない。
「悪い感情」すなわち「悪口」は言ってはならない。
よく、このようなことが自己啓発系の書籍や、サイトなどに書いてあり、それはそれで一理あると思いますし、僕もそのように思って生きてきました。
しかし、立花さんも書いている通り、感情に「良い」「悪い」など無いのではないか、最近そう感じるようになってきました。
感情に「良い」「悪い」という判断をしているのは、自分自身ひいては「社会」なのではないかと。
ツイッターやブログなどに、悪口などネガティブな事ばかり書いている人を僕も見かけます。
こういうことを書くツイッターやブログなどは良くない典型であり、フォロワーが増えず、成功しないと言われます。
しかし、立花さんも書いていますが、こうやって愚痴を書くことでガス抜きすることもとても大事なことなのではないかと思います。
どんな感情もあっていいし、「イヤなものはイヤ」「ツラいものはツラい」のです。
その上で、立花さんは最後にこうまとめています。
「感情の存在を認めてあげて、それに寄り添った上で、現実問題としては、どう行動を起こすかを思考で考える。このプロセスがとても大切である。」
長くなりましたので、続きは次回のブログで!
※立花岳志さんの公式ブログ・ホームページです。